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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)360号 判決

控訴人 被告人 李鐘今 外二名

弁護人 大池龍夫 外二名

検察官 道前忠雄

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人李鐘今弁護人大池龍夫、被告人鄭重朝弁護人林武雄、被告人李壬寿弁護人岩川勝一の各控訴趣意書に記載の通りだから、これを引用する。

大池弁護人の論旨第一点について。

記録を調査するに、被告人李鐘今が間もなく有効期間が切れるというので、新らしい外国人登録証明書の交付を申請しようとして、自己が朴順連本人である如く装い昭和二十七年十月二十八日愛知県東春日井郡守山町役場の吏員に提出したという外国人登録証明書は名義人は朴順連となつているものの、朴順連その人として被告人李鐘今の写真の貼つてあるもので起訴状ではこれを変造公文書とみ、右提出を変造公文書の行使としているのに、原審は格別訴因罪名罰条等訂正を命ずる等の措置を採らずに、それを偽造公文書と為し、その提出を以て偽造公文書の行使とし、これに該当の罰条を適用しているのはまことに所論の通りである。ところで右外国人登録証明書は原判示の通り発行時の写真を剥いだ後に被告人李鐘今の写真を貼つたもので、右写真の貼り代えは文書の性質上その重要部分の変更にあたるものとして、起訴状にある如く外国人登録証明書の単なる変造とみるべきではなく、原審認定の通り、その偽造に該るものと認むべきものではあるが、それを変造というも偽造と解するも畢竟法律上の見方の相違に過ぎないものというべきであり、何等訴因に変更がないのでこの点につき判決に影響すべき訴訟手続規定の違背があるとする論旨は採用の限りでない。

岩川弁護人の論旨第一点について。

論旨は、被告人李鐘今、同鄭重朝、同李壬寿三名のみに対する原判決理由中に「被告人李丙華」なるものを共犯者の一人である如く判示しているのは事実誤認であるというに在るが、右は原審で共同被告人であつた李丙華その人を指し、同人が原判示の通り前記被告人等三名の犯行に共謀加担したものであること記録上明白であるから李丙華に「被告人」なる文字を冠したのはいささか妥当を欠くとゆうわけで、この点を捉えて刑事訴訟法第三百八十二条にいわゆる事実誤認とは到底認めえないので、論旨は採用の限りでない。

大池、岩川両弁護人の各論旨第二点及び林弁護人の論旨について。

論旨は、夫々被告人等に対する原審の量刑を不当過重というに在るが、記録に現れた各犯行の動機、態様、犯行後の状況、被告人等の経歴、家庭の状況等諸般の情状を考慮すると各懲役一年、三年間執行猶予の原判決はいずれも相当で、各所論の事情は既に充分原審の斟酌したところと認められるので、論旨はいずれも理由がない。

以上の通り論旨はすべて理由がないので、刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件各控訴を棄却することとし、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 河野重貞 裁判官 高橋嘉平 裁判官 山口正章)

弁護人大池龍夫の控訴趣意

第一、原審裁判所のなした訴訟手続には法令の違反があつて右は判決に影響を及ぼすべきものである。

即ち検察官の起訴にかかる公訴事実中(二)の事実として記載されている変造公文書行使の訴因に対して、原判決は罪となるべき事実として判示第一の(二)に於いて右は偽造公文書行使であると事実の認定をなしているのであるが、右は原審裁判所が訴因変更の手続を経ないで訴因と異る事実を認定したものであつて、それがため被告人の防禦権を充分に行使する機会が奪れたものというべきである。されば原審裁判所は訴訟手続をなすについて刑訴第三百十二条に違反したものというべきであり右は判決に影響を及ぼすべきものである。

第二、原判決は量刑が重きに過ぎるものであるから破棄せらるべきものである。

即ち被告人の検察官に対する供述(百六十丁以下)及び相被告人鄭重朝の検察官に対する供述(二百十三丁以下)によつて明かな如く被告人は終戦後一旦は夫鄭重朝と共に朝鮮に帰つたのであるが、その後、夫が単身日本に密入し、暫らくして、再び被告人を日本に連行すべく迎いに来たので夫婦の情愛にて止むなく夫鄭重朝と共にその意見に従つて本邦に入つたものにして、その心情は真に同情すべきものがあり、更に現在は一人切りの身寄りである守山町の姉の下にて、日々を真面目に働いており、再犯の虞れなきものであるから、之等の事情を斟酌すれば、刑の執行を猶予せられたものとはいえ、懲役一年は被告人に対する心理的影響よりするも重きに過ぎるものである。

以上の理由によつて原判決は破棄せらるべきものと信じ控訴の申立に及んだ次第である。

弁護人林武雄の控訴趣意

原判決の刑を更に減軽相成度い。

本件は被告人が朝鮮に残した妻の件につき妻の兄姉より妻の処置を迫られた結果自己の責任上よりも已むなく朝鮮在住の妻を日本へ伴い兄姉の元に渡す為朝鮮へ渡航し再び妻を伴つて渡日した事件である。

しかし乍ら被告人は巳に日本人の妻がありこの妻とは別れる意思がなく唯兄姉に迫られて朝鮮より妻を迎えて来た事情であつて本件は密貿易其他何等の利慾の動機に出たものでないばかりか巳に当時内縁関係の日本人があつた関係上冷酷な性格の人であれば朝鮮迄元の妻を迎えにゆくことは思いも及ばぬ事情であるに拘らず迎えに行つたことは全く被告人の責任観念に基くものであつて本件密航の事情は憫諒せらるべき事情にあるものと言い得るものである。

本件は以上の如き事情による犯行であつて原判決の刑は重きに過ぎるものではないが目下被告人に対する在留許可を申請中であつて今本件が確定する場合は直ちに強制送還の手続が取られるので之の為にも在留許可のある迄控訴の必要があることを酌量せられ度い次第である。

弁護人岩川勝一の控訴趣意

第一点原判決は被告人の氏名表示に於て李鐘今、鄭重朝、李壬寿、の三名を表示し其主文に於て被告人等三名を各懲役一年に処する云々の判決をした、処が判決理由の部に於て、(罪となるべき事実)被告人等三名は何れも朝鮮に本籍を有する外国人であるが、云々、第二点 被告人鄭重朝、同李壬寿は(一)被告人李丙華と共謀して連合国最高司令官の許可を受けず昭和二十五年六月十五日長崎県対馬大船附近の海岸より木造機船に乗船出帆し同月十六日頃朝鮮慶尚南道統営港附近に上陸して出国し、(二)被告人李鐘今、同李丙華と共謀して第一ノ(一)記載の犯行を為したものである。云々と判示した。然しながら前記の如く本件被告は三名にして被告中李丙華なるものがない。李丙華なる被告がないのにかかわらず被告李丙華と共謀して本件犯罪を行つたと判示したのは事実認定の違法がある。

第二点第一審は刑量が重く且つ執行猶予の期間が長きに失する。本件は特殊の罪なれば被告に懲役一年を科したのは重く且つ刑執行猶予の期間を三年となし尤も長きものと思料せらる。

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